私は2005年より、東京都内の精神科のデイケアでアロマテラピーのプログラムを行っています。
この病院は精神科を診療の主とする100床余りの病院で、ここでは外来患者さんの為のリハビリテーションのプログラムとしてデイケアとナイトケアを設け、退院後間もない患者さんが毎日病院に通うことで 日常の生活リズムを作ったり、他の方とのコミュニケーションを設ける場にしたり、趣味を通して患者さんの生活のQOLを高める支援をしています。
私は1996年よりアロマテラピーの活動を始め、トリートメントの他、一般企業から様々な形態のスクールや講座の講師として活動をして参りましたが、この病院のケースのように実際病院の中に入って治療中の方を対象にするのは初めての経験でした。当初はアロマテラピーのトリートメントを患者さんに提供できないか提案してみたのですが、現実的にデイケアの限られた時間内でのトリートメントは沢山の患者さんに不可能なこと、服用している薬の影響で肌が大変敏感になっている方が多いことなどによりアロマテラピーのトリートメントによる効果に対して病院の先生の理解が得られる段階ではないとの状況から、アロマテラピーをトリートメント以外の方法で楽しんで頂く、ということになりました。
アロマテラピーのデイケアは、病院内にあるデイケア・ナイトケア用の和室で行っています。初回、私は入門講座の時のようにアロマテラピーの効果を説明しました。 しかし、患者さんにとって一方的な話に関心が向かないのか、殆どの方が下を向いてしまい、目を瞑ってしまわれたのを今でも覚えています。
それからは理論や説明といったものを一切省いて、香りの楽しさを伝えていくことに心がけ、「アロマアクティビティー」と題して石鹸や香りのスプレーを作ったり、足浴をした後に簡単なセルフのフットマッサージをしたり、季節のハーブクラフトをしたりと様々な実習を試みました。
1年位たったある日、病院のスタッフの方から、患者さんが徐々にアロマテラピーに親しんでデイケアを楽しみにしていること、そして何度も参加してくださる患者さんが多いことに病院スタッフの方々は大変驚くと共に、興味深く見守っているという内容の言葉を頂きました。
その時、私の中で目から鱗が落ちるような感覚がありました。『ああ、そうか、患者さんにとっては一般的な講座のように毎回趣向を変えて楽しませるアロマテラピーは必要ないのかもしれない。それより毎回同じことを繰り返して、いつ来てもスッと入り込める馴染みある空間の方が患者さんにとってはもっと大切なのではないだろうか』、と感じました。
その時から、これまでで一番人気の高かった香りのスプレー作りを毎回おこなうことにしました。プログラムは最初に10種類前後のエッセンシャルオイルを試香紙に垂らし,患者さんに1人1人に渡し、その日の気分で一番好きな香りで香りのスプレーを作ってお持ち帰り頂きます。
現在では、毎回平均15名前後の方に参加して頂いています。始めは女性の方が多かったのですが、今では男性が半分を占めるようになり、毎回楽しみに来られる方も増えました。香りも定番のペパーミント、柑橘系、皆さんに人気のあるイランイランやラベンダーの他、季節感を取り入れた香りや親しみやすい柚子や紫蘇などの和の香りを取り入れて、その日の気分で香りを楽しんでいただいています。
私は、香りを嗅ぐのに巧い、下手も正解もないから感じるままにして今日の好きな香りを見つけて下さい、とだけ言っています。患者さんも段々香りになれてきて、この頃は香りを回すと「おっ、これはオレンジだね。」とか「今日はイランイランがまだだね。」「先生この香りは初めてだね。」といった感想が出てくるようになり、香りを共通にした話題で会話が弾むことも多くなりました。香りの好みも、季節で違うことがわかってきました。夏はペパーミントや柑橘系が人気でしたが、寒くなると甘い香りや、樹の香りを好む方が増えます。また、今年の春頃からは、その日の香り の中から2つの好きな香りを選び、ブレンドした時の香りの変化もどんな風に感じるか試して頂いています。その為か、段々自分の好みでブレンドをする方が増えてきて、デイケアの皆さんの上達に私自身が非常に驚いているところです。
70歳のAさんは、普段はあまりお話をされません。先日、ラベンダーとバニラを入れてみたい、と2種類選ばれたので、私が、「混ぜたらラベンダーアイスクリームの香りですね」といったら「本当だ!」と無邪気に、今まで見たことのない楽しそうな笑顔で笑われました。
60代のHさんはアロマテラピーデイケアが始まってから、よく来てくれる方です。退院後は病院の診察がなくてもデイケアに来てくれてアロマが大好きなご様子です。イランイランが大好きで、毎回イランイランをベースにしたブレンドを作って帰ります。Hさんにアロマテラピーを知ってどうですか?と訪ねたら、「生活に張り合いがでました。」とおっしゃっていました。
アロマテラピーは、嗅覚を通して本能的な部分に働きかける力があると患者さんを見ていると実感します。笑うことを長い間忘れているかのような患者さんが、ある香りに出会った瞬間に心から嬉しそうに笑ったり、その香りの記憶を辿って心が動かされている瞬間を度々目にします。また、多くの患者さんが香りに対して感受性が強まっているようにも思います。
以前尊敬する先輩に、病気の方へのトリートメントは、そうでない方へのものとは比べものにならない位の喜びがあると聞いたことがありますが、この病院での3年間の経験を通じ、遅ればせながら、私もその比べ物にならない喜びを感じています。
今後も一層患者さんの心と生活が香りによって豊かなものになるお手伝いができるよう続けていきたいと思っています。
濱 美奈子
IFA認定アロマテラピスト
「Aromaesencia」主宰
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